沿革
京都大学フィールド科学教育研究センター・森林ステーション・和歌山研究林は、大正15(1926)年1月に、和歌山県有田郡八幡村の海瀬定一氏所有の山林564.5ha(1~6林班)に、99ヵ年の地上権が設定されたことに始まる。その後まもなく、事務所用地として約0.15haが購入され、昭和17(1942)年には隣接地289.5ha(7~11林班)に地上権が追加設定された。
人工林の教育研究の場として適地であるため、昭和の初期には樹木の疎な所へのスギ・ヒノキの樹下植栽が行われたが、戦中戦後の混乱期には伐採・造林ともに縮小した。昭和31(1956)年以降には大規模な皆伐が行われるようになり、その伐採跡地には主にスギ・ヒノキが植栽された。伐採面積の縮小により大面積造林が終了した現在、施業の中心は造林地の保育管理となっている。
昭和35(1960)年に近井林道が事務所の約50m下に開通し、さらに昭和55(1980)年に高野龍神スカイライン、平成元(1989)年に広域基幹林道白馬線が研究林境界部に開設され、研究林をとりまく道路環境は改善されつつあったが、依然として事務所には自動車で乗り入れることが出来ないままであった。そのため、昭和59(1984)年に仮事務所が、昭和36(1961)年に購入した近井林道沿いの敷地約0.20haに建てられ、教育・研究の効率化が図られた。
路網に関しては、昭和45(1970)年に近井林道に接続して八幡谷林道が開通し、昭和57(1982)年に二ノ俣線、昭和61(1986)年にウレビ・アゾ線の開設工事が始まった。ウレビ・アゾ線は広域基幹林道清水上湯川線に接続され、高野龍神スカイラインへのアクセスが容易となった。平成17年度当初における林道総延長は8,298mである。
上:人工林内に残されたモミ・ツガ林 左:下り滝 |
環境
本研究林は、有田川支流湯川川の最上流部(標高455~1,261m、北緯34°04′東経135°31′)に位置し、全面積は842.0haである。地質は中生層に属し、土壌は全般に深く、礫質で有機質に富んでおり比較的肥沃である。
年平均気温12.3℃、年降水量は2,647mm、積雪は少なく、事務所付近で30cmを超えることは稀である。急傾斜地が多く、各所に岩石地・断崖が見られ、沢筋には滝が出現する。特に4林班の「下り滝」は約50mの落差があり、広葉樹に囲まれて美しい景観をなしている。平成3(1991)年に湯川川流域が「湯川渓谷」として清水町名勝八景の一つに選定され、多くの人々が訪れるようになった。
平成元(1989)年、全域が水源かん養保安林に指定された。
○天然林
本研究林の潜在的な森林植生は、暖温帯林上部から冷温帯林下部の間に相当し、二つの植生帯の間に中間温帯林という主に太平洋側に特徴的に発達するとされる植生を挟んでいる。すなわち、標高700m付近までは暖温帯林の構成種である常緑広葉樹のアカガシ、ウラジロガシ、ソヨゴなどが優占する植生であり、その上部で本研究林の面積の大半を占める標高約700~1,000mの部分は中間温帯林にあたり、常緑針葉樹であるモミとツガが優占しているが、その中に落葉広葉樹(ヒメシャラ、シデ類)や常緑広葉樹を部分的に混じえている。さらに標高約1,000m以上の稜線に近い標高域は、冷温帯林の代表種であるブナをはじめとする、ミズナラ、ミズメ、カエデ類といった落葉広葉樹から構成される植生となっている。また稜線沿いには、ゴヨウマツ(1、2林班)やコウヤマキ(2林班)もみられる。
上:水源地(上ウレビ谷) 左:モミ・ツガ林(八幡谷学術参考林) |
○人工林
研究林設置以前にはマッチの軸や板材などの生産を目的として針葉樹、広葉樹ともに盛んに伐り出されていたらしく、設置当時の林相はかなり貧弱であったと思われる。昭和3年の演習林概要によると広葉樹、針葉樹ともに直径10cm程度のものが大半で、利用価値の高い有用樹種で直径30cmを超えるものはきわめて少なかったようである。その後、スギ、ヒノキの人工造林が積極的に進められた結果、現在では人工林率が80%以上の林班が存在し、全体の平均でも50%を超え、本研究林はフィールド科学教育研究センターの研究林のうち人工林率が最も高い。こうしたことから人工林施業に関する演習の場として活用され、人工林の育成・施業に関する研究が盛んに行われている。
上:クモトオシスギ 右:スギ産地別生育比較試験林 |
○動物
林内にはカモシカ、ニホンジカ、イノシシ、ノウサギ、タヌキ、テンなどが生息している。カモシカ、ニホンジカ、ノウサギは幼齢造林木の枝葉の摂食、幹の切断、樹皮の剥離などの被害を起こしている。また、紀伊半島では数少なくなったツキノワグマも、数年に一度その痕跡が見られる。研究林全域が、昭和51(1976)年鳥獣保護区に指定されている。