里域生態系部門 河口域生態学分野

研究フィールド及び研究分野紹介 里域生態系部門河口域生態学分野

河口域生態学分野 田川正朋


概要
 本研究分野は農学研究科からの流動分野としてフィールド科学教育研究センターに所属しており、京都大学北部キャンパス農学部総合館において教育・研究活動を行っている。主にごく小さい時期の魚(数㎜から10㎝位まで)について、生態学(田中)、生理学(田川)、分類学・分子遺伝学(中山)等から総合的に研究を行っている。また、舞鶴水産実験所や総合博物館の関連研究室と連携することにより、京都大学における魚類研究の中心となっている。現在、学部生・大学院生・教職員を合わせて、約25名の所帯である。

研究(1)有明海と筑後川河口域―スズキを中心として
 有明海は潮の干満差が最大で6mにも達し、広い豊かな干潟を形成する。有明海の奥部には九州最大の河川である筑後川が注ぐ。河口域では日本の河川には珍しく表層から底層まで河川水がよく混じり合う。また海水は常に濁っている。これらの条件によって有明海は我が国では他に例を見ないユニークな内湾となっている。
 当研究室では過去20年以上にわたり、筑後川河口域を研究フィールドとして定期的な定点調査を継続してきた。有明海に生息するスズキは、体長20㎜前後の小さな時期に、淡水域にまで筑後川をさかのぼる珍しい生活史を持つ。当研究室では、有明海に生息しているスズキが、日本の他の地域に生息するスズキと中国大陸の別種のスズキとの間で最終氷期に生じた雑種がそのまま生き残った、世界的にも極めて珍しい動物集団であることを見いだした。このスズキ稚魚の大切な餌となっているのは、筑後川の汽水域に生息するかいあし類の一種であるが、この動物プランクトンもまた有明海特産種である。さらに、有明海にのみ生息する他の特産魚類の多くも、子供のころにはこの汽水性プランクトンに依存していることが解ってきた。有明海奥部の特産種の存続には、筑後川のもたらす豊かな河川水によって形成される汽水域生態系の保全が不可欠と考えられる。

研究(2)若狭湾西部海域を中心とした日本海沿岸域におけるヒラメの生活史と集団構造
 当研究室のもう一つの生態学的研究課題は、卵から孵化し数㎝の稚魚になるまでのヒラメが、天然海域でどのように生きているかである。ヒラメは、人工的に種苗生産した稚魚を天然海へ大量放流する栽培漁業を代表する魚である。しかし、他の地域から大量の稚魚を持ってきて無計画に放流すると、もともとその地域にいたヒラメ集団に他地域のヒラメの特徴が混じってしまう可能性がある。また、放流したヒラメがもともとその地域にすんでいたヒラメや他の近縁種と競合し、他の生物に悪い影響を及ぼす可能性がある。当研究室では、北海道から九州にいたる日本海沿岸の各地でヒラメ稚魚の採集を3年ごとに行い、DNA分析、胃内容物調査、耳石輪紋解析などを総合的に進めている。また、水産総合研究センター等との共同研究として数万尾のヒラメ稚魚を放流する生態学的実験を行ってきた。これらの研究を通して、地域集団の存在、環境収容力の推定、摂食と被食生態等を明らかにしつつある。

研究(3)魚類の水産増養殖の基礎研究
 また当研究分野は、農学研究科・海洋生物増殖学研究室として、ヒラメ・カレイ類、マグロ類、ハタ類、その他多くの魚類について水産増養殖の基礎的研究を行っている。ヒラメやカレイでは、卵から生まれてしばらくは他の魚と同様に体の左右に眼がある。それが変態と呼ばれる形態変化を経て、いわゆる大人と同じように左右が非対称な形になる。当研究室では、どのようにして体の左右が異なった形に作られてくるかを、甲状腺ホルモンの働き等から解明しようと試みている。近年、クロマグロの完全養殖が達成されたことがニュースになったが、このクロマグロについては近畿大学や水産総合研究センターなどとの共同研究により、生理学的な側面から発達過程の研究を行ってきている。

ニュースレター3号 2004年11月