研究フィールド及び研究分野紹介 里域ステーション 紀伊大島実験所
紀伊大島実験所 梅本信也
本州中部の紀伊半島最南端・台風来襲中継で有名な串本町潮岬の東沖約1.5㎞にある紀伊大島の中央部に位置する。標高は約100m、敷地面積は12haである。施設を抱く島の紹介をしておこう。紀伊大島は熊野酸性岩を主体とした東西6.3㎞、南北3.2㎞、面積9.89km2の台地状地形で、最高標高は島中央部にある大森山(標高171.7m)である。暖流黒潮の影響で気候は温暖、年平均気温は16.9℃、年間降水量は2,600mmを超える。植生帯は暖温帯下部に属し、おもに漁業を生業とする島民によって丁寧に保全されてきた状態良好な現役の魚付林や、薪炭林として持続的に活用された歴史をもつ鬱蒼とした照葉樹林によって覆われている。島を縦横無尽に切り取る谷には、水田や湿地、放棄水田が数珠状に繋がっている。冬でも涸れない豊富な地下水、多種多様な鳥、昆虫類、菌類、礒の生物の存在も島の魅力の一部である。1999年の調査では、高等植物が131科735種、キノコ類が111種、森林性鳥類は21科33種も確認された。伝統的な民具による半農半林半漁が今なお続く3つの大字に分かれた里、それらを育む濃緑の森、青い海、白い雲、蒼い空。紀伊大島は森、里、海、空の連環学的考究に相応しいフィールド環境である。
◆沿革◆
施設の歴史は古く、昭和12年の京都帝国大學大島暖帯植物試験地まで遡れる。その後、1967年に京都大学農学部附属亜熱帯植物実験所となり、戦前からの「自然植物園」思想を継承しながら、ツバキ古典品種126系統ならびに観賞用ウメ品種72系統の保存業務、研究および展示用温室、実験圃場を整備、1999年には照葉樹林冠観測塔を設置した。2003年から京都大学フィールド科学教育研究センター里域ステーション紀伊大島実験所に昇華し、共同利用施設として、里域生態系部門の研究教育および社会連携機能を分担するに至った。スタッフは、所長1名、教員2名、技術専門職員1名である。
◆研究・教育・社会連携◆
本センターの主眼は、森里海連環学の創成である。そのためのモデル地域として、紀伊半島南部の古座川ならびに串本湾域と由良川流域などが選ばれている。太平洋岸に位置する紀伊大島実験所は、前者の「古座川プロジェクト」研究拠点である。ほぼ同質な文化圏で醸成された地域における里域景観構成要素の解析、遡上性生物の行動生態、里山、里川、里地と里海を込みにした水問題の現状把握と解決策の提示、七川ダム関連課題など、科学者として地域住民と共に真っ向から取り組むべき課題は多い。
1999年に紀伊大島は串本大橋によって氷河期以来、久々に本州と地続きとなった。昭和初期から平成期にまたがる生物相調査に架橋後の生物相の変化を含めて、紀伊大島とその周辺の里域や自然域の変容と関連付けて分析し、照葉樹林文化圏と黒潮文化圏における21世紀の自然域里域複合保全のための基礎資料を構築していきたい。こうした研究と「古座川プロジェクト」は互いに相補して、諸民族に有益な21世紀的知恵をもたらすであろう。
教育面では、京都大学1回生向け「ポケット・セミナー」、2回生以上向けの「森里海連環学実習」、「植生調査法と実習」が開講されている。30名まで宿泊可能な2階建ての講義・宿泊棟もあり、他大学研究機関による実習、さらに、地域住民や学校生徒のための自然観察教室も随時行われている。黒潮文化研究会の代表部もここ紀伊大島実験所にある。
ニュースレター2号 2004年11月